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芸術スポーツ01 アイデアイースト 男性

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その3. 

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T: アイデアイーストの東山さん  K : 宇宙船地球号ボランティアの小島さん

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T:んー映像を撮りながらえー感じた部分なんだけど、まあひとつはその・・・ここはねーなんか、僕はもう職人として撮ろうとしてたんで、その時は。だけどやっぱりまだまだ時間がかかるなっていう感じですよね。その、僕のほうのところの、まあたまたま今回ドキュメンタリーをとる形になったんですけど、やっぱりその人が本とのことを話すまでにはまだまだ時間がかかるし、でも、っていうことはやっぱりそのー、感じたっていうか、だから今回の作品はまだ第一弾っていうか、部分なんで、でーやっぱりほんとに時間がかかる。でこれはあのー、いやあの、物理的なものとかはこうもう知ってるし、お客さんのところとかもあるんだけど、やっぱりドキュメンタリーって心の問題なので、そのところでは、心を撮るまでにはやっぱりまだまだ時間がかかるなっていうか、一作目は説明程度のイントロダクションでしかないかなーって感じですよね。で撮るために、本音話してもらえるまでってこう、すごいですよ、夜6時から朝6時まで飲んだりとか、そこまでしてやっと話してもらったりとか、いう世界とかもあるんで、まだまだ時間かかりますね。

K:実際こういう映像っていう仕事をやられて今自分で幸せだなーとか、なんか辛い、人のこういう部分を見るっていうのは辛いなーとかっていう部分があったりとか、どうです?

T:まあ幸せだなーって思うってことは友達が増えたってことですね。でも今辛いっていうかー、ことはないけど、その、友達の期待に応えてあげるっていうか、友達が望んでいることをどういう風に実現するとか、そういうことが大変だなーというか、あのーなんか今、津波の方の民芸品を扱ってるところのお手伝い、まあ福田さんが一年間従事してて、で僕のほうは福田さんを通じて一部取引をして、あの今も続けてやってるんですけど、やっぱり現地の人と友達になってくるんですよ。だから友達を助けたいってそれだけなんで、友達の気持ちをいろんな人に伝えたいとか、いうことなんで、それがあのー、いいことであり、ある意味それはプレッシャーにはなってる面ではありますよね。それが辛いっていうのかどうかってところはちょっとわかんないですけど。

K:東山さんの将来のかたち、こうしたいっていうのは何かお持ちですか?

T:将来のかたちですか。んー、いや、あの、まあなるようになると思ってるんで、あのー特にあれなんですけど、この、今こういろんな制作をして作ってる中で、あのー楽しく、あのーその人たちと楽しく過ごせれるようになればいいなっていうことですよね。今いろんな仲間が集まって、それの形はどういうかたちになるかわかんないですけど、うん、それが一番いいのかなっていうか、っていう気がしますよね。だからそれがたまたま僕のほうがもしかすると、あのー石鹸屋さんになってるかもわかんないし、それでタイのね、その人がそれで食べれて僕も食べて、それで気持ちのいい人がたべれてそのお金で映像を作って、で映像も適当に売れて、で映像の取材に行って、そのとき何回もその人たちに会って、それでそこのところにお客さんが戻ってきて、それで商売がうまいこといって、そこに住んでる子供がちゃんと落ちこぼれずにいって、大人になって、それであのーそのーでその子供が、日本で日本語勉強するとき遊びに来てくれたりとかして、そういうのがやっぱり理想じゃないですかね。そういうの楽しいじゃないですか。だからそれっていうのはかたちはどういうかたちになるかわかんないけど、それがそのかたちといっていいのかわかんないけど、それがやっぱりそのたまたま関わってしまった者としてのまあひとつの幸せな姿じゃないですかね。

K:このホームページを見てもらう人たちに例えばまあ、こうやってほしいっていうわけではないんですけれども、まあそうやって国際協力をやる上でこういうことをやるといいよみたいなちょっとしたアドバイスみたいのものはっていうのは

T:そうですね、あのー、相手を思いやる気持ちかなというか、相手の立場に立って考えるっていうことが一点、でその次はコミュニケーションをどうやってとるか、だからあのー言葉通じなくてもあのー通じ合えるものってあるので、それをあのいろんな人と、そういうようなところの手段を増やしていったほうがいいっていうかあの、そういう風なことに慣れたほうがいいなっていう。この2点でしょうかね。

K:最後の質問なんですけど、

T:いきなり最後の質問、急激に巻いてきましたね

K:いえいえいえ、わるいかなーと思ったんで。えーと東山さんの私生活的にお幸せですか。

T:まっ、幸せなんじゃないですか。あのー貧乏ですけど(笑)お金には困ってますけどね(笑)もうほんとに。それはそれで適当に幸せなんじゃないですか。んーあんまり、ねえ、豪邸に住もうと思ってないし。今は幸せなんじゃないですかだから。いろんな人に出会えて。このね、タイの津波の復興住宅に暮らしてる人とか、プーケットの日本人の人とか、そういう人にね、出会えて。それは楽しいですよね。ここも色んな、あの色んなシェアハウスで、あのーうちだけじゃなくてほかの家何人か住んでるんですよ。

K:あっそうなんですか。

T:というとこで、かなり怪しい生活をしてますけど、これはこれで幸せなんじゃないですか?

T:まあ僕も実はJICAの仕事って、英語できないでやっちゃったということもあるんで、それでコミュニケーション能力、たまたまうちの親父が留学生担当をしてたりとかして、そのコミュニケーション能力で勝ち得たところとかもあるんで、あのー、だからラオスに行ったらよくわかんないけどニコニコしてるだけかもわかんないけど、そこのところでなんとなくあのーやって片言とかそういうやつとか、スペインや中米の人とはなるべくキューだしするときはちゃんとあのー、現地の言葉でなるべく覚えてやると結構乗ってくるんですよね。でわざとプロっぽいやつで現地の言葉で、こう、ね、ヌン・ソン・サン!ってスタートすると結構乗ってきたりとかするんですよ。そういう風なとこは、スペイン語でウノ・ドス・トレスとか言っていくと、それだけでOKなんです。そういう風な能力っていうのがやっぱり最終的にその教材作りに役に立ってるので

こういうところとか、ところがコミュニケーション能力っていうところに絡んでくる。(これも途中に挟んでいくね)相手の立場に立つっていうのがやっぱり、僕も津波っていうか阪神大震災を経験してるんで、それであの相手の立場わかるってこともあったんですが、全ての支援プロジェクトっていうのは相手の立場に立たない限りは成り得ないことなんで、それであのーバンダーアチェのはなしていうのもあったんですけど、その、えードナー側の立場の方が中心になって支援することによってなにが、でしかも結果が出やすいっていう支援をしたために何が起こったかっていうと、建てかけの家と船が大量にバンダーアチェにあるんですよね。

K:その建てかけの家っていうのはどういうタイプの家なんですか。例えば風土風習にあわない家だからってことですよね

T:合わないんですよ

K:例えばコンクリート建てにしちゃったから風通しが悪く、タイの気候ではジメジメしちゃって家の中住めないとか、

T:そういうのもありますし、あのーえー要は資金を集めるために、建ててる様子のところの写真まで撮った段階で、どうもそのプロジェクトが終わっちゃたみたいなんですよ。完成品がない、でお金が集まって終わったら完成品のところは、なんかそこでプロジェクト止まったままなんだけど、ほったらかしになってる建設中の建物があったり、えー船を寄贈しましたって格好つくから、船を寄贈して、これはタイのほうにもされてるみたいなんですけど、だから現地の漁法に合わない船とか、なんかある組織では、船を寄贈せずに、現地の人たちが、自分で作るから材料代くださいっていう風なところで、すごい少ない金額でその効果を得てるわけです。道路工事や目立つ警報システムなどの目立つものにお金が集まるとか、そういうものとかもあるので、あのー相手の方の立場っていうか、いう風な立って、その人の意見を聞いて、何がほしいのか、っていう風な聞く能力っていうのは国際的なものには絶対必要な能力だと、これは絶対もうあの日本国内でもそうだと思うんですけど、そのそういう奉仕活動っていうのは、相手の意見を聞く、相手が何をほしいのかっていうのをね、とか、それでそれも、あの、なかなか最初来た人にそれを言わないと思うんで、それを粘り強く聞くっていう力っていうのはやっぱり大きいと思いますよ。

K:プロジェクトの多くは中途半端になってしまうことっていうのをよく耳にします。

T:それはまあ仕方ない面もあるんですけどね。

K:まあ実際それを目の当たりにしてきてる部分で、先ほど言われたように、もう現場じゃ役に立たないようなものっていう部分がすごく多い。

T:多いっていうか、まあ出てくるのは仕方がないと思うんですよ。でもあまりに多すぎると現場現地の社会に不信感を持たれてしまう、という問題が。ある程度は仕方がないです

K:はい、多分そういった中で、東山さんが活動されてるその覗いたものが映像として海外に発信されるってなかたちでいくと、いろんなかたちでその外にわかりやすくなってくるんじゃないかなと思うんですけども、そういった活動はなさらないんですか?

T:んー僕はそこのところに関しては、そのーそれぞれのNGOが頑張ってやってる事なんで、そういうところはあんまり表に出してあげたくないんですよ。個人的には。だって、彼らも一生懸命やって、失敗した、結果として失敗したりとか届かなかったりとか、自分たちはやったつもりでいたんだけど、実は役にたたなかたってことも、もしかするとそのNGOも知らされてないかもわかんないですよね。そういうところを知らせてあげても恥をかくだけなんで、そこのところで何も生まれない可能性もあるんで、それだったら、津波のところを継続的に撮ってる姿があって、それで、継続的に被災地を見ていきましょうっていうメッセージを発信して方が、僕はいいんですよ。継続的に見ればそういうこと自分で気がつくはずなんで、だから一回行って、そのお金やってはい終わりました、じゃあね、ってそのままほったらかしにしてるより、きちっとそのあときっちっとモニタリングしてくださいという方を主張したいというか、僕のほうも課題は増えて?撮りに行くことになりながら?その度にメッセージとしてそういう風なイベントのところではあなたたちの支援したこととか、やったことについて、常に継続的に被災地を見てくださいという風なメッセージをその会では言うようにしてるんですよ。それは継続的に見れば自分たちのやった失敗について気がつくはずなんで、それは自分たち、あの僕は発見する必要はなくて、自分たちで気がついて直していけばいいことなんで、それをわざわざ僕が暴露して、その団体の恥をかかせて、せっかくお金が集まる構造になって、良いことできる構造を持ってるのを潰す必要はないんですよ。だからそれは僕にはできないことなんですよ。彼らも一生懸命やってるし、それを否定するわけにもいかないし、確かにその船が役に立ったかはわからないけど、その船を作る過程で住民の人の役に立ったこともあるかもわかんないし、だからそれのところは、そこを否定するわけにはいかない。っていうところなんで作品にはそこのところは入れたくないっていうか、そういうところはわかった人がいる、トークショーとかそういうところでは言いますけど、それは小島さんとかわかった上での話なんで、だけどそういうところで、映像という、特にパッケージメディアになったCD,DVDになったりとか、したものとか放送とかいう立場になったところで言ってしまうとそれは固定してしまうんで、それはなるべく言いたくないなーっていうのは僕の気持ちです。やっぱり人間は失敗するものだから。仮に失敗したこと認めるために、やっぱりモニタリングもきちっとしてもらいたいというような、ことですよね。

K:なかなかまあああいう場でもPDCA、プランして、行動して、それをチェックしてまた次のアクション起こしていくっていうそのサイクルっていうのはやっぱり行われてない場合っていうのがすごく多いんですけども、まあそういったものをやっぱり積極的にお互いの団体でも個人でもそうなんですけども、そうやってやっていくべきだっていうのが、東山さんの自然な流れのなかで学んだことでしょうか?

T:そうですね、PDCAサイクルなになにっていう風な教材を作ったこともあるんで、そういう概念を持ったっていう面もあるんですけど、PCMって言ってもわからないねー、えっとね、プロジェクトサイクルマネージメントですね。これをPCMっていうんですね。これのところで検索すして、あとFACIDっていう会社のところで検索すると大体概要について載ってると思いますが、あのー是非そういうところもチェックしてもらってですね、えーと、そういうところであるんだけど、大概の支援のプロジェクトとか、大概の大きな災害支援っていうのは緊急支援なんですよね。緊急支援はプロジェクトとしてはPDCAサイクルだけど、現地では継続的なプロジェクトじゃない。

それをそのところで終わった、で、緊急支援、次のところにボンと行く、それところにプラスして、募金っていうやつも一度お金投げて送るとか支援物資晩生終わりっていうプロジェクトの場合、PDCAサイクルとなるプロジェクトになりにくいプロジェクトなんですよ。だから経験しているうちにだんだん、緊急支援物資の振り分けどうするかとかいう話になりますけど、なりにくい体質のものなんで、だからこそ、その後どうなったかってことをしばらくしてから見に行くとか、そういう風なかたちの継続性っていうのが必要なのかなっていう気がするんですよね。これも仕方がないんですよ。だってそういう性質のプロジェクトだから。であとJICAのプロジェクトも、えー3年とか5年とかで終わってしまうわけですよ。これを終わることによって、プロジェクトってのは終わってプロジェクトなんで、で、そのなかで細かく割り振って終わっていくのは、細かく終わっていかないとプロジェクトの、あのーサイクルしないんですけど、それでもえー、5年間なら5年間で終わるわけなんですよ。でもそっから根付いたかどうかっていうのは、そのどうしてもそのー、お金も発生しないことだし、モニタリングしにくいんですよね。でそういうところであのー、何年かに一度、1年か、かつての友達が訪ねるようにやってもらえるだけでも、それも一種のモニタリングになるんじゃないかっていう風な気がしてですね、もうこれはもうプロジェクトだから終わるから。さっきの僕の作品も、2005年で一度終わって、終わらせていくのが仕事ですから、終わらせていくからこそ反省があって次にいく、まあそれもモニタリングですけど、なんで、だからこそ一通り終わったあと継続的にっていうか、っていうことも必要なのかなっていうか、終わった段階でモニタリングした後もさらにモニタリングっていうのはそういうところがやっぱり必要だとおもいます。僕が言いたい内容はこういうところです。

K:長々とありがとうございました。

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