NPO法人 宇宙船地球号 補足サイト

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国際機関 02 国連 Peece Keeping Best Practice 勤務 小野京子さん

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12/5/2006 at New York
インタビュアー:ETSボランティアスタッフ山賀緩子(ヤマガヤスコ)
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世界の紛争地帯に派遣される国連平和維持軍(PKO)のヘッドオフィスである、
ニューヨーク国連本部Peacekeeping Best Practicesに、
2006年秋、赴任された小野京子さん。
今回は、まだ赴任されて間もない小野さんの貴重なお時間をいただき、
これまで歩んでこられた道についてお話をうかがいました。 
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■ 第五章 ■ スーダン勤務

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PKO特別代表の補佐官として

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山賀: いよいよ「フィールド」デビューですね。あちらに事務所が開設されたんですか?

小野: はい。それが、私が行ったときは最初14人くらいで始めたんですけど、今はPKOに関っている民間人もいて3,000人近くの人が集まっています。すごい規模です。

山賀: それだけ必要だという。「よくない」ことですね。

小野: よくないことですけどね。

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山賀: スタッフのための専用の家かなにかあったんですか?

小野: いいえ。全然、それは自分で。

山賀: では、住民の人たちとも交流が?

小野: 大家さんが一階に住んでいたので、大家さんとは結構交流があったんですけど、一般の、道を歩いているスーダン人と話す時間はぜんっぜん無くて。もう、とにかく、ものすごく出張の多い上司(特別代表)で、ほとんど一緒について回っていたんです。

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山賀: スーダン国内を?

小野: 国内・海外全部。だから、私は半分はスーダンにいて、半分は海外を回っていたっていう。帰って来て、スーツケースから荷物を取り出したと思ったら、2、3日してまた詰めて出て行って。その繰り返しで。

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山賀: それは慌しい毎日でしたね〜。

小野: やっぱりね、その特別代表がいかに仕事をできるかっていうのが補佐官の役なので、自分のことを忘れちゃうんですよね。「あ〜、荷物パックしなきゃ、あ〜」っていう。でも、今振り返ったら、貴重な、すごくこう、まっすぐに学んだ14ヶ月でした。

山賀: 誰でもできる経験ではないですね。全く貴重です。

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小野: あれだけ近くにいると、彼の政治決定のプロセスを、すべて逐一見ているわけですよ。交渉の場面とか。なので、トップにいる人の物の見方っていうのを、自然と見につける機会だった。まあ、あれをしていなかったら今の仕事っていうのはできていないなって。

山賀: では、最後の方には、「彼ならこう言うんじゃないかな」って読めるようになったのでは?

小野: そうですね、だいたいは。常に一緒にいるので議論もしたし、ケンカもしたし。

山賀: 特別代表とケンカ!ある意味すごい(笑)

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山賀: 具体的に、小野さんがやっていた業務とは?

小野: 通常、彼が国連を代表してすべて話すわけなんで、補佐官がやらなきゃいけない仕事っていうのは、例えばあるひとつのプロジェクトがあったら、彼に対する「インプット」をする。担当部署から資料をもらって、それを彼らと一緒に練って、で、特別代表に渡す。それから、よくニューヨークでの安全保障理事会に状況説明に来なければならなかったので、一緒にそのスピーチの原稿を書いたりとか。裏方ではありますけど、彼を通してのインパクトっていうのはすごく大きなものがありますよね。

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山賀: そうでしょうね〜。世界が注目しているでしょうから。ちなみに、その役をやられていたのは小野さんだけ?何人かと交替で?役割分担は?

小野: 彼には3人補佐官がいて、私は政治担当だったんですね。で、もう1人は人道担当。代表がオランダ人だったこともあり、その人道担当の方はオランダの外務省から来ていました。もう1人は軍担当。イギリスから来た方でした。でも、「人道」も「軍」も結局全部政治的なので、そういう意味では私は多くの会議や出張についていましたね。まあ、一番初めに彼について来たって言うのもあるかもしれませんけど。

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山賀: ところで、スーダンで危険な目に遭ったりはしなかったんですか?

小野: なかったですね。本当、びっくりするくらい。体調も壊さなかったですし。

山賀: 気が張っていたからでしょうね。

小野: そう思いますけどね。幸い危険な目には。

山賀: PKOが派遣されるくらいだから危険はともなうわけですよね?

小野: そういう地域もあります。首都は安全だったんですけど。

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アフリカを理解するのは難しい

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山賀: 現地で過ごされていた時に興味深かったことはありましたか?

小野: そうですね…。やっぱり、変化していく国に、直に住むっていうのはすごく貴重でした。ある日、反政府軍だった人が、次の日に政府の人になっていたりとか。激動の変化の中で、同じ人なのに話す内容がどんどん変わっていくんですよ。そういう変化を目の当たりにするっていうのは面白かったです。

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小野: それから、これは興味深いということではないんですが、「戦争を起こしている国を理解できなかった」、というのがあります。そういうところに住んでいる人ってものすごく人がいいんです。すごくオープンでホスピタリティがあって。そういう国がなぜ20年以上も内戦を続けているのか。私も逆の立場なら理解できないんでしょうけど、そういう部分がいまだに、頭ではもちろんわかるんですけど、こう、感覚的になかなかわからない。

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山賀: スーダンの内戦で、争点だったのは?

小野: まずは資源。南に石油がいっぱいあるんですよ。宗教もそうですね。北がイスラムで南がキリスト。あとは、権力争い。

山賀: 他の国も関って?

小野: そうですね、内戦ではあったけど、軍事のトレーニングをしたり武器を供給したりは他国も関わって。

山賀: そういう同じような話がアフリカのあちこちで出ているんですよね。でも、確かにそういう争う感覚は、わからないですよね。

小野: わかんないですねー。

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小野: やっぱり、日本人として難しいのは、アフリカ自体を感覚として理解するのが難しいですよね。私はいまはどっぷりスーダンでひとつの内戦に関わりましたけど、やっぱり日本人がアフリカで活躍する難しさっていうのはありますね。日本人にとっては、いままで関わりがなかった、知る必要がなかった世界ですから。いろんな問題が総合してある大陸なので、どういう風に日本が関っていくかは課題でしょうね。

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小野: やっぱり、日本に行って新聞とかでもアフリカの記事ってすごく少ないですよね。アフガニスタンや北朝鮮についてはもちろんありますけど、周辺国以外でね。アフリカの記事なんて、たまにスーダンの記事が年に何回か載るとかそういうレベル。

山賀: やっぱりありますもんね、「どこか遠い世界の」とか「遥か彼方の」っていうイメージが。

小野: そりゃ遥か彼方ですもん、本当に(笑)。

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